きみに花束を。 舟木一夫さんコンサートの感想など

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歌と、映画と、人生と。~永遠の青春スター・舟木一夫~その1

歌と映画と、人生と
BSスカパー!で6月に放送された番組『歌と、映画と、人生と。~永遠の青春スター・舟木一夫~』。(7月20日も放送予定)
6月のスカパー無料放送の日に見られました(゚▽^*)
内容もたっぷりで、舟木さんへのインタビューはもちろん、現在のコンサート映像、過去の映画映像、舟木さんのこれまでの歩みや今後の展望、ファンの皆さまについて等、とても丁寧に取材された充実した番組でした。ファンの皆さまが生き生きとインタビューに答えている姿、とってもステキでした。とても全ては無理だけど、私の備忘録も兼ねてご紹介。青字は舟木さんのインタビューです。



平成25年4月6日 一宮市市民会館(舟木さんの地元)でコンサートを行う舟木さん。雨の中ファンが「お帰りなさ~い!」と見守る中、会場入りする舟木さんがとっても猫背(笑)コンサート中はあんなにピシッとしてるのに不思議だわ~(笑)コンサートの年間動員数は脅威の20万人!

●高校三年生について
「僕という一人の歌い手を一生面倒みてくれた歌でもある訳です。ある意味ではね。ところが、時々言うんですけれど、半分はうらみもある訳で。あれがあんなに大ヒットしちゃったおかげで、僕は一生を決められちゃった所もある訳です。たった3分02秒ていう歌が。」
「ある世代、一緒に青春を過ごした世代にとっては、やっぱり日本の歌のひとつになっている。」

 
「僕も現役であと何年出来るか分からないし、お客さんだってあと何年元気で劇場とかコンサートホールに足を運べるか分からないし。これはお客さんとの旅だなと。」

●50周年迎えて
「50年間ひたすら人に迷惑かけてきた(笑)歌い手としていいステージをお見せする、いい声をお聞かせする以上のお礼は、結局見っかんない。」
えぇ、それで十分。というかそれがなによりです~(^⌒^*)

●銭形平次について
レパートリーの中で、最も幅広い年代から知られると紹介。コンサートのスタンディングでサインボールを打ち込む舟木さん。
一宮市民会館の楽屋で色紙にサインを書いている所や、会場の客席に座り、真剣に音響や照明のチェックをしている姿も。舞台裏の舟木さんなんて貴重だ~。
「お互い様で、僕は僕でお客さんの拍手から元気貰っている。キャッチボールであげたりもらったり(笑)どっちが欠けても成立しない。」

●歌い手になるきっかけ
音楽に目覚めたのは小4のころ。祖母に買ってもらったハーモニカがきっかけで、当時お気に入り歌手は三橋美智也。(おんな船頭唄)
中学生で、ハリー・ベラフォンテの「マティルダ」に衝撃受けると、小遣いはいらないから歌のレッスンを受けたいと父親にうったえた。そして高校生のとき出会った松島アキラの「湖愁」が運命を変えた。
「スカウトされたのもこの歌、学校サボって名古屋CBCののど自慢に出て優勝しちゃったのもこの歌、コロンビアのオーディション受けてこれで合格した」
舟木さんは当時、演歌ブルースを歌いたくて歌い手になったそう。

●昭和38年6月5日「高校三年生」発売
歌番組後には「学生服で歌っていた人は誰だ」と問い合わせ殺到。
年末にはミリオンセラー達成。日本レコード大賞新人賞受賞。NHK紅白歌合戦出場。
「高校三年生をレコーディングで歌ったときのインパクトは半端じゃなかった。この歌ってものすごく新鮮だし、理屈も何も無くなんかヒットしそうな気がする(と思った)。
出たとたんお客様に鷲づかみにされちゃった印象。お客さんの方が温度が高くて、こっちが後を追ってたっていうのが半年くらいあった。当時は2~3時間睡眠。今やったら一週間で死んでますよ。」

頂いたぬいぐるみを置く部屋(自分の部屋より広い)を借りて、三ヶ月や半年に一度子供たちの施設に送っていたり、朝早く起きて出かける前にサインを100枚~200枚書いていた舟木さん。
プライベートが無いのは、この仕事では当たり前だと思っていた。
当時の明星や平凡には、本当の住所や電話番号が載っていたから、週末になると舟木さんの下宿先にファンがやってきて、観光名所のようになっていたそう。
今だったら信じられない状況だな~。

●映画「高校三年生」について
舟木さんは「学芸会以前の問題」と謙遜。新劇の高橋昌也さんに随分いろいろ教わり、分からないことがあると電話していた。
「『リハーサルはいくらトチってもいいから。本番を良くするためにリハーサルやるんだから気にしなくていいんだよ。リハーサルはいくらでも付き合うから。』(とよくしてもらった。)」

●日活映画について
「忙しい中、日活はわりと気軽に気を使わずに仕事をさせてもらった。裕次郎さんがトップで若々しくて弾んでいた。同世代がいっぱいいて、いろんな馬鹿な話をしてくれて安らげた。歌の仕事はフォーマルな印象だが、日活ではジーンズはいてTシャツ一枚で仕事しているような気分でいられた。」
その後、新曲発売とともに、次々歌謡映画に出演することになる舟木さん。「学園広場」「仲間たち」「北国の街」「あゝ青春の胸の血は」「花咲く乙女たち」など。

●「絶唱」について(S41公開)
舟木さん自身が企画して、日活に持ち込んだ作品「絶唱」。
「絶唱の話は何処かで原作を読んでいて、舟木一夫のチャンネルを一つ増やすのにありだなと思った。芸人はみんな、サディスティックなキャラクターが似合う人とマゾスティックなキャラクターが似合う人とがはっきり分かれる。舟木一夫は、実際はともかく、どちらかというとやられてやられてっていう負の方のキャラクターに属していると思った。日活に企画を持ち込んだが、駄目だと言われた。それで当時ワンマンで鶴の一声といわれた方の自宅に訪問し、当らなかったら次の作品は1本ノーギャラでやりますという条件でやらせて貰えませんかとお願いしたら、「そこまで言うならしょうがない」と撮影に入った。」
映画は大成功。主題歌「絶唱」は、日本レコード大賞最優秀歌唱賞を受賞。
「泉雅子という人の代表作の一本になるのかなと。自分のことより。あの人とは合っているんだよね。ワンカット見ただけで相性がいいんですよ。マコちゃんが団子で俺が団子の串かっていう話で良く笑ったんですけど。二人とも男くささや女くささが無いタイプ。その辺がお客さんがコンビとしてみててもスムーズに入れたんではないか。それが証拠にチーちゃん(松原智恵子:「夕笛」で共演)と共演すると、苦情の手紙が来たりしてた。」
悲恋物の「夕笛」も、連日超満員の大ヒットになる。

●暗転へ
「舟木一夫のその頃の特徴というか、女性のお客様の好みに沿っていったことが、その後の舟木一夫のマイナスになっていく訳です。だんだん暗いキャラクターになっていっちゃう。本人の事は関係なく、どうも線の細い神経質な方へお客さんに取られていっちゃうマイナスが、後から考えるとその辺から出発しているんですよね(笑)」
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